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2018.05.11up

横山講演録(4)


対談 「情の世界と物理学」

【1】 岡がわかるとは

(横山) 今日は僕の心つもりとしては、このあいだの物理学の本「唯心論物理学」という本をパラパラと読ませてもらってポイントだけ読んだんですけど、それで僕の三角形(心の構造図)を説明するにも基本はやはり物理学の方、つまり浅い心の世界観の時間空間という風なところからこのあいだも入っていった訳です。だからベースはやはりその時間空間とか物質とは何かという、そういう風なところが問題になってくる訳ですね。そこのところをですね、そちらのご専門と僕が岡にならって今まで素人なりに考えてきた時間空間という風なものと、まだ完全に噛みあっていないようにも感じるんです。

 その辺のところを今日はキッチリと詰めて、そういう専門家である小原さんのご意見を聞きたいなと思ってるんです。そちらは何か今日のテーマはありますか。

(小原) 僕としてはその後でも全然かまわないんですが、岡先生のおっしゃってることが「わかる」という状態は、どうすればそういう状態になれるか。岡先生のおっしゃってることが仲々わからなくて行動に移れない。何か経験をしなければわからないということがあるだろうかとか。

(横山) 僕もなぜ、自分に岡がわかるのか、逆にわからないんですけどね。先ず一番大事なのが、岡の話のここがわからんということを具体的に自分が認識するということが一番大事ですよね。みんな中途半端にわかったと思っているから認識ができない訳です。そうすると次々次々とあいまいな基礎の上に積みあげていくでしょう。だからほとんど私の周辺の連仲もわかってないんです。わかってないということがわかってないんです。

 だから岡は録音の中でいってます。「私の本をわかってないところは、わかってないとして読みなさい。そうするとわかってくることもあるから」。これは可能性のことなんですよね。何がわかってないか。これを認識することですね。これが一番大事なことなんです。そこがハッキリしない人が多いんです。「わかった、何となくわかった」と。それではいけないですね。それが岡のいう「前頭葉を使え」ということじゃないですか。

(小原) そこについて、その文脈でいうならば、岡全体主義になってはいけないということもいえますね。つまり岡先生が全てのことを見通しておられたと思ったらいけないですね。岡先生も誤解があるかも知れないということ。

(横山) それはもう岡も初期、中期、後期と段々とわかっていってる訳で、初期はまだわかってない部分もあるんです。

(小原) 岡先生自身が発見していってる訳ですからね。その通りですね。だからこのあいだの話に主義、あるいは全体主義というのがありましたけども、岡全体主義になってはいけないですね。

(横山) はい、はい。盲信はいけません。それが前頭葉を使えということですね。

(小原) だから本当に、これはおかしい納得できない、ということを認識するというところから出発していかないといけないですね。で、その時間空間の話に入っていって頂きたいんですが。

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