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 2013.03.12 up

岡潔講演録(5)


「人とは何かの発見」 岡潔著

【 8】 人の無知無能

 そして一体こんな風に全て、丸で造化の恩寵の中で、辛ろうじて生存し続けているようなものだが、造化の恩寵の中で生存し続けているにしろ、大体ここはこうなって、と云う理法なんか分りそうなものなのに、理法なんかある筈だのに、今は一つも知らない。いちいち不思議なんです。その不思議があるから人は生き続けるんです。

 人は全く無知でしょう? これは五感で分らないものはない等と云う馬鹿な考えより、これはよくよく野蛮な人種、こんな事を思ったのは西洋人だけですよ。

 それから生物と無生物…。無生物と云うものが有る等と云う事も止め五感で分らないものはない等と思うのを止めて、皆が、寄って、長くかかって、一体何がどうなっているのかを調べて行けば少しづつ分って来ると思います。そうすべきだと思いますが、今はまだ全く無知です。それから無能です。自分で出来ると思っている事は、造化がやってくれているんでしょう。

(※ 解説10)

 今まで見てきたように、人の内面外面をとわず人間活動というものは人が自分でやっているのではなく、よく見てみると「造化」がその水面下の部分を受け持ってくれているのだという結論になった。

 丸で我々は透明な車に乗って自由自在に走りまわりながら、その車に乗っていることに気づかないようなものである。人はハンドル操作やボタンを押せば何でもできると思っているが、実際はそれだけではなく、複雑巧妙な車のメカニズムがあってこそ人間活動が本当は可能なのである。

 例えば人だけではなく、私の家の庭には近所のスズメやメジロがよく遊びにくるのであるが、枝から枝へ飛びまわる彼等のその峻敏さと、失則することがない彼等のその運動の完璧さには目を見張るのである。

 オリンピックの体操競技には大なり小なり失敗というのがつきものだが、彼等は全員が一度も失敗をしたことがない、ということを私はここで証言できる。言ってみれば「妙観察智」によって「造化」にまかせ切る彼等は、こと運動に関しては全知全能なのである。

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