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2015.02.09up

岡潔講演録(13)


「人とは何か」

【2】 第2の心と大脳

 この第2の心はどこに宿っているのか。大脳に宿っていると思われるが、大脳のどこに宿っているのか。で、調べていってみる。大脳生理学は大脳を5つの部分に区分してる。そのどっかに宿っていると思う。それで調べてみる。

 先ず前頭葉。前頭葉は第1の心の宿るところ。だからここではない。その次は前頭葉の少し上、運動領。運動量は全身の運動を司るところ。だからここでもない。

 それから側頭葉。これは左右2つありますが、連絡がついている。だから1つのようなもの。大脳生理学は側頭葉は知覚、記憶、判断を司る、それから言語中枢もある、こう云ってる。そうすると機械室のようなもの。だからここでもない。

 残るところは後頭葉と頭頂葉。大脳生理学は後頭葉は資料室だと云ってる。資料室というのはどういうところかと云うと、例えば小林秀雄さんだとすると、選り抜きの出土品の勾玉を見て、じっとそれに眺め入るところ。

 それから特別の感銘を受ける。これは心がメロディーを奏でるから特別な感銘を受けたのですが、出土品を見て、じっと眺め入ると、特別な感銘を与える。そういう心はここにはない。でなかったら同じところに2つあるということになる。

 そうすると、残りは頭頂葉だけしかない。頭頂葉は、大脳生理学は受け入れ態勢の依ってきたるところと、そう云ってる。で、ここだとしますと、無私の心が頭頂葉に宿って、それの奏でるメロディーが(意識が働くのは第1の心です)第1の心というレシーバーはつぶさに受信する。そしてそれによって出処進退を決める。即ち受け入れ態勢の依ってきたるところとなりますね。これでよい訳です。無私の心、第2の心は頭頂葉に宿っている。

(※解説2)

 ここは「第2の心」がどこに宿っているのかを岡が次第に追い詰めていく過程を描写したところであるが、ここに示されている大脳機能の説明の根拠は、主に友人であり当時の大脳生理学の権威である東京大学の時実利彦(ときざねとしひこ)先生から岡が直下に得たものである。

 今日の脳科学では「側頭葉」が機械の座であることは勿論、「前頭葉」が「第1の心」の自我意識の座であることも共に特定するには至っていないのだが、それが岡にわかったのは当時にあっては心の方面から大脳機能を探ろうとした時実の著書「脳の話」からのヒントであるし、その外は岡独自の人間観や心の構造を見る目の深さから生まれたものであって、そうでなければとてもこのような大脳の総合像は生まれるべくもなかったのである。

 特に「頭頂葉」と「後頭葉」は「第2の心」の世界観を持ち合わせていなければ決して特定し得ないところであって、「第1の心」の世界観しか持たない今日の「脳科学」では想像もつかないところなのである。

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