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2015.02.09up

岡潔講演録(13)


「人とは何か」

【8】 太陽と月の神

 今は大脳という模型で云いましたが、この原型は天にある。本当は天でそういうことをやるのです。 で、こんなにしてまたメロディーを奏で続ける。だから小林さんぐらいに自作自受が出来ておれば、死というのは単に衣装を変えるぐらいにすぎない、メロディーを奏で続ける。

 ところで、小林さんはまだ無明は大分残っている。そうすると古事記によりますと、天の無明で非常に穢れた部分、これが夜の()す国ですね。そこは「(みまし)夜の食す国を知らせ」と云われて月読(つきよみ)の尊の治めてられるところ。

 小林さんは天は天だけど、まだ無明で大分穢れてるだろうから、月読の尊の国へ行ってそこに住んでる、姿だけは絶えず変えながら自作自受の生活を送るのです。自作自受の生活を送るということは人のための働くことですが、無明でまだ非常に穢れてたら、どこまでそれがわかるのか。ともかく自作自受の生活を送る。

 そうすると、何しろ人の為に働いているのだから、そうしてるうちに段々無明が薄くなっていく。そうしてあらかた無明が取れたら、そうするとそこが高天が原です。天照御大神の知ろしめすところです。

 それで小林さんは、そうしてるうちに高天が原の住民になって、そうして着物を取り替えながら、死にますから姿を何度も変えながら、みんなの為に働き続けるのです。

(※解説8)

 岡が仏教から古神道に明確に移行したこの1969年頃から男女二神、つまり「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」と「(あめ)月読(つきよみ)(みこと)」が岡の宗教的構想の中に登場してくる。

 それまでは仏教の光明主義の影響もあって、第9識の「如来」という一神教的世界が岡の宗教観であったのだが、ここにきて突如「男女二神」を提唱するようになるのである。残念ながらその飛躍の決定的なきっかけが何であったかは、岡の資料の中には見い出せない。

 ともかくこのような男女二神を主神とする宗教はいまだ世界には存在しないように思うのだが、これ以後岡が没するまでこの二神の構想が次第に深まっていき、最晩年には壮大なスケールの男女二神の世界が展開していくのである。

 考えてみれば古来日本には、この男女二神を想起させるものがいくつかある。最大のものはやはり伊勢の内宮と外宮である。内宮は「天照大御神」が祀られているのだが、外宮は同じく女神で食物の神である「豊受大神(とようけのおおかみ)」が今は祀られている。

 しかし、こんなことをいうと神社本庁が目の色を変えると思うのだが、岡は外宮は男神で月の神である「天の月読の尊」を本来祀るべきだと強く主張するのである。

 この男女二神の名は古事記(伊邪那岐(いざなぎ)(みそぎ)の場面)からとったと岡はいうのだが、昔から人々の生活を左右してきた(こよみ)には太陽暦と太陰暦とがあるし、日本には昔から「日天(にってん)さん、月天(がってん)さん」という言葉もあって、これも天照と月読を連想させる。その他、日本の多くの神社の背後には、二神を連想させるような二元の構造が隠されていると専門家から聞いたこともある。

 また、大自然を見れば大自然の生成は極微の世界から極大の世界に至るまで、全て男女(陰陽)の融合によって成り立っていることは想像のつくところであるし、中国の易経の「陰陽二元」の説もまた有力である。

 更に、中南米のインカやマヤの古代文明には、「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」とがあるのは誠に象徴的なことである。岡はこれらの文明は数万年前に別かれた日本民族の支流の末裔であるという。

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