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2016.05.16up

岡潔講演録(18)


「創造の視座」

【19】 東洋の大脳生理

 ところで、話は別になりますが、大脳生理学は大脳を5つの部分に別かっている。そして、これは西洋人が主として調べたのですが、大脳前頭葉を中心に調べられて、前頭葉は理性し、感情、意欲する。前頭葉が命令する。そうすると側頭葉が機械的な働きをして、これを助ける。また前頭葉が命令する。そうすると運動領がその命令を伝え、全身が意志的な運動をする。側頭葉が機械的な働きをもって前頭葉を助ける。運動領は意志的な運動をもって前頭葉を助ける。こんなふうに前頭葉中心に大脳生理学は述べられている。

 で、頭頂葉と後頭葉の2つはあまり書かれていない。時実先生の「脳の話」には、頭頂葉や後頭葉の働きには何ら触れておられません。しかし時実先生の講演録を読んでみますと、頭頂葉は前頭葉の受け入れ体勢のよって来たるところ。また、後頭葉は資料室だ、そんなふうに書かれている。ところで頭頂葉については、幸い弁栄上人が、前頭葉は理性の座、頭頂葉は霊性の座、そういっていられる。また、中国に黄老の道というのがある。この黄老の道の本に黄庭経という本がある。

 この黄庭経に頭頂葉は恒泥宮(ないおんきゅう)のあるところだと書いてある。恒泥というのは有無を離れたところという意味です。それで第2の心の中心は頭頂葉にあるのだということがわかる。で、頭頂葉まではよくわかる。

 ところで、わからんのは後頭葉です。後頭葉は大脳生理学はただ資料室だとだけ教えている。また視覚中枢がここにあるということだけ教えている。それ以上何もわからない。ところで西洋人は大体前頭葉中心らしい。ところが東洋人はどうも後頭葉に住んでいるように見える。で、後頭葉をよく知りたいと思う。ところで私、これに対しては発生的に見ようとしたのです。

 私の4番目の孫は生まれたときから私と一緒の家にいる。だから連続的に観察することができて、赤ん坊の生い立ちというものが初めて私によくわかりはじめてきた。

 その発育ですが、頭の発育は上から下に及ぶものらしい。最初頭頂葉が発育する。それがだんだん下に下がっていく。ちょうどその孫が、生まれて5ヶ月ぐらいのときですが、発育は前方でいえば、運動領(運動領といったら頭頂葉と前頭葉の間にあるんですが)に及んだらしい。その証拠に孫は足を動かすことに異常な興味を示しはじめた。

 それで後ろのほうも同じ水準まで発育が及んでいるだろう。そうすれば後頭葉の発育も始まるころ、だから何か変わった現象が今に出てくるだろう、そう思って私は手ぐすねひいて待っていた。そうすると孫は目にものを言わせることができるようになった。それで私はいっぺんにわかった。

(※解説19)

 1968年頃までは岡は「機械の座」である側頭葉より、感情・意欲・創造(岡はここを理性としている)を司ると当時の大脳生理学がいっていた前頭葉に重心が掛っていたのだが、その後真の創造は前頭葉ではなく頭頂葉で行われることを数学研究の方面から発見してからは、仏教や黄老思想からのヒントもえて、次第に前頭葉から頭頂葉に重心が移ってきていたのである。

 そして、この1970年にはその頭頂葉から後頭葉に更に重心が移るのであるが、その移行課程をここでは取り上げているのである。しかし、ここから先は東洋思想のヒントさえないのであるから、岡はいつものように岡独自の非常にユニークな発想で、孫の大脳の発達を発生的に見ることによって突き止めようとしているのである。

 猶、「恒泥宮」については、胡蘭成の発言では「元来黄老の古典『黄庭教』にいうた黄庭や仏教の阿弥陀教にいうた恒泥とは、即ち是れ大脳頭頂葉のことである」とあるから、この知識を岡に伝えた胡蘭成本人は、「恒泥」は阿弥陀教からきていると考えているようである。

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