「真我への目覚め」
【7】 数学の使えない世界
仏教は、心の中に自然があると言っている。無差別智とは、その心に働く知力だというのです。心には、ギリシャ流に分けて、知・情・意の三方面があるが、そのどの方面に働くのかと言いますと、知・情・意の3つともに働くのだというのです。無差別智の〝智〟というのは仏教の言葉、普通知・情・意という時の〝知〟というのはギリシャの言葉、それで、仏教の智は、普通に書く知という字の下に、更に日という字を書くのです。
無差別智は心に働くのですが、その心はどういうものか。心の中に自然があると言っている、その心は共通の心なのか、それとも、一人一人別々の心なのかと聴くと、仏教の答えは、一面共通であって、一面、一人一人個々別々なのだと言っています。そうすると、無差別智が働くというのは心の世界の現象ですが、その世界における心の関係は、1つともいえるし、2つともいえる。こういうものですから、心の世界は数学の使えない世界です。
しかし、物質の世界は数学の使える世界で、自然科学者の理想としているところは数学へもっていくことです。だから、物質的自然には、無差別智は働き得ない。これで、物質主義は間違いである。我々の住んでいるのは、仏教的自然でなければならない。そういうことになります。
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