「岡潔先生と語る 」(2)- 西洋文明の限界 -
【7】 今の若い人は自己中心
(男性)先程からいろいろ難しいお話をお聞きしておりますが、ここには年長者の方、あるいはお若い方もおられる、また子供さんもおられる。この中で、先程司会者も云われたように、難しいこともあるけれども、これからお願いすることを、わかりやすくご説明して頂きたい。
私も一会社のあるポストにおる訳ですが、そこで人間関係ですが、若い社員の人達と接していて感じることなんですが、今の若い人は薄情と云いますか、何か仕事をやらせると、はたがどんなに窮屈な思いをしていても知らん顔をしている。自分の仕事のことしか考えないという人が多い。これはある大学の先生から聞いた話なんですが、今の大学生はごく基礎的な数学の問題など解かせてもまるで出来ない者が多い。ところがスタイルとか理屈を云わせると、まるで英雄気取りである。どうも若い人達は、自己中心で自己主張が強いように感じられる。昔は国を中心とした中で、社会構成ということが自然に出来ていたように思うんですが、現在は個人個人がバラバラである、そういう感じを受ける。
現実の問題として、私は会社で困っております。何かよい方法は無いか、わかりやすく簡単にお教え頂けましたら・・・
(岡)このねえ、今の教育はアメリカの、主としてデューイの教育学をもとにしたものですが、アメリカ人は第二の心のあることを知りませんから、自分と云えば自我のことだと思ってる。それしか無いと思ってる。それ以外自分というものを知らない。それで総て自己中心がよいのだと、そう教えてる。で、そう教育したんです。人は自己中心であるべきだと教育したんです。それで今のようになってしまった。本当は自我を抑止することを教えなきゃいけない。
教育が一番すべきことは、自我を抑止することです。これは数え年五つぐらいから始めて、高等学校の終りぐらいまでは自我抑止をやらさなきゃいけない。それをちっともやらずに、逆に人は自己中心に振る舞うべきだと教えたんですね。そして大学生まで来た。こうなったらちょっと直りません。畑で云えば、雑草が非常にはびこってるようなものです。雑草は出始めた時すぐ引かなきゃいけない。一旦こうなってしまったら、ちょっと直りませんね。
良い方法って無いでしょうけど、しかしなんとか人は自己中心ではいけないということを、わかりやすいところから教えていかなきゃ仕方ありませんね。ちょっと直りません。ちょっと直らんから、それをやかましく云うんだけど、教育はそれ聞かない。
大体、小学校の教育を誤ったら、もうちょっと直りません。幼稚園、小学校、その辺をよく教育しなきゃ。
何よりも自己中心はいけない。それから、第二の心の内容が情緒です。だから情緒豊かに育てなければいけない。春になると春の気分がする。これが情緒です。こういうことが無かったら、人生は索漠たるものです。情緒というのは第二の心が働くから感じられるので、小学校の教育は情緒豊かにと育てなきゃいけない。それをやっていない。
(岡先生、トイレに立たれる)
(男性)司会者の方ね、今、先生から小学校時代の教育を誤ると社会に出てからでは直らんというお話、これはようわかっているんです。だから現在私が悩んでいることを申し上げたんですが、現実にどうしたらこういった若い人達をまとめて行けるんだろうか、どうしたら気持を伝えていけるんだろうか、そういう具体的な考え方をお聞きしたいんです。私の質問がまずいのかしれません、アドバイスして下さいよ。
(岡)失礼しました。
(司会)岡先生、前の質問の方からですね、小学校とか小さい頃の教育を誤ると、大きくなってからではどうしようもないと云うお話に対しまして・・・
(岡)やかましく云ってんだけど、教育の現状が非常に悪いということに、みな気がつかんのですね。どこを見るべきかを知らんのでしょう。
(司会)理屈は云うけれども非常に薄情だとか、自分のこともあまり出来ないとか、そういうのが現実でありましても、会社におきまして、集団として協調的にまとめてやっていかなきゃいけない訳ですが。それに対する応急対策と申しますか、どういうふうなやり方が効果があるか、と云うことに対して、先生どうでしょうか。
(岡)第一の心がいけないんですね。自己中心が一番いけないし、それから理屈もあまり云っちゃいけないし。第二の心の一番基本的な働きは、心と心とが合一することだと云いましたが、情緒としては懐かしさという情緒が一番基本になるので、第二の心が働かないと人が懐かしかったり、自然が懐かしかったりしないんですね。そういう外界が総て懐かしいという、その基本的な働きが著しく弱くなってるんです。根本を放っておいて枝葉末節だけいろいろやったところで、とても直りゃしない。
ともかく欧米は間違っている。その真似はやめなきゃいけない。これを自覚することですな。アメリカの真似をするからいけない、ソビエットの真似だっていけません。大体そういう基本的な評価が間違ってては、どうしようもない。
(男性)そのどうしようもない状態におきまして、葦牙会の指導方針と云いますか、何か具体的なものは、どういうところにあるんでしょうか。
(岡)えー、今日本は間違ってる、欧米の真似はやめなきゃいけないって云っても、なかなか聞きませんね。なかなか聞かなくても、まあここへ来て下さる方は、聞いてやろうという稀な方ですから、まあ細々と話でもしていかなきゃ。三島(由紀夫)さんのような思い切ったことをやっても、感銘は与えるでしょうが、それ以上の効果は無いでしょうしねえ。全く日本はどうなって行くのかと思いますが。
第二の心が神ですね、もし神々が働いてくれなかったら、日本は滅びるでしょう。肉体を持ってない第二の心を普通神と云ってるんですが、肉体を持ってる日本民族だけでは、ここまで悪くなったのを、元へ戻すことは到底出来ないでしょう。それくらい悪いです。いくら云ったって聞きゃしないし。
第二の心の世界っていうのは、それが欠けると、それを知ってる人の目には非常によくわかるんですが、それが欠けてる本人の目にはちっともわからんのですね。だからいくら云ったって聞きゃしない。それに対して良い方法って、思い当たりませんね。
いろいろ云うんだけど、今日もここで云ったことを、皆さんはどれだけ聞いて下さったのか、はなはだ疑わしい。余程日本人のうちではよくわかる方々でしょうが、それでもどれだけ聞いて下さったかははなはだ疑わしい。それくらいわかりにくいんです。大学生の作文読んだら、まるで仕様ないなあ、ちっともわかってないなあと思うんだけど、それをみんな思ったらもっとやかましく云うでしょうが、思わんのでしょうね。
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