(※ 解説1)
ここに岡先生独特の「意識を通す」という表現が登場してきました。
これは医学でいっている「意識がなくなる」という意味の「意識」とは違います。医学で使う「意識」とは大体「いのち」と同義語ですが、岡がここで使っている「意識」とは心理学で使っているもので、「意識的」とか「意識に訴える」とかいう意味です。
この私から見ますと、西洋文明はこの「意識」を重視することを最大の特徴としています。例えばアメリカの映画は「スリルとサスペンス」とよくいわれますが、この2つの要素で人々の心を引きつけるため、「意識」を最大限に刺激することを狙っているように見えますし、テレビのコマーシャルは人々の「意識」を繰り返し刺激することによって、大量の物を販売しようとするやり方です。
しかし、日本では江戸時代に随分と経済や文化が発達しましたが、このようなやり方は「はしたない」「あさましい」として嫌う傾向にあったのではないでしょうか。このように日本人は概して「意識に訴える」ということを嫌います。日本文化が西洋人にわかりにくいのは、この「意識」のとらえ方に違いがあるからではないでしょうか。
(※ 解説2)
「日本民族」という言葉が出てきました。
皆さんは日本の歴史は2000年ぐらいか、長くても縄文の1万年くらいに思っている人があるかも知れませんが、岡の考えではスケールが大分違っていて、少なくとも30万年はあるということです。文献上でそれが岡にわかったのは、中国を代表する思想家である胡蘭成と知り合ってからです。
岡にいわせれば中国人と日本人はルーツをたどればもとは同じだということですが、中国の伝説では正確な文献として次のように書かれているということです。
「天皇氏時代が12万年、地皇氏時代が9万年、人皇氏時代が7万年、中国古代の伏犠()、神農()、黄帝()以降が1万年。」
これを全て足すと29万年となりますが、岡は既にそれ以前に、日本民族の歴史は30万年ぐらいではなかろうかと、確信を持って想像していたということです。岡の直観たるや、中国の伝説たるや、人類史の奇跡という外ありませんね。このようなことは、日本人の誰も知らないのではないかと思います。
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