(※ 解説1)
岡は冒頭「自然科学という学問はありません」といっていますが、これを聞くと大概の人はまたしても岡の「極論」が始まったと思われるかも知れません。
しかし、これが岡の晩年の徹底した主張でして、自然科学は膨大な知識を蓄えましたが、素粒子論を見ても天文学を見ても、自然科学の大前提である「時間空間の中に物質がある」ということが言えなくなってきていることを考えれば、最早自然科学という学問の底は抜けてしまっていて、科学者達は知らないだけで自然科学の基礎は既に崩壊しているのだと岡はいうのです。
これは悪化の一途をたどる今の地球環境の現状や、これまでの歯止めの利かない自然科学の暴走の歴史を振り返ってみても、ある程度納得のいくことではないでしょうか。そして、これは皮肉なことに自然科学自体が導き出した結論であって、その事実を今の科学の現場に携る方々にこそ、是非考えて頂きたいものです。詳しくは小林秀雄との対談「人間の建設」の中にも多く語られています。
(※ 解説2)
ここで先ず問題になるのは「進化論」です。今日までダーウィンの進化論が一世を風靡してきましたが、このところそれに異議を唱える専門家の方々も増えてきました。一方、岡の唱える進化論は同じ進化論でもダーウィンとは内容的に一線を画するものでして、ダーウィンの進化論はいわば外見的、またはその「自然淘汰説」などから生存競争的進化論といえるものですが、岡の進化論は心の世界から見た内面的、または共生原理的進化論といっても良いと思います。
その「岡の進化論」と呼ばれるものは、近年復刻されました岡潔著「日本民族の危機」の中の「真我への目覚め」35頁に出てくるものでして、いたってシンプルなものですが、生物の進化を考える上で私には大変納得のいくものですので、それを次に挙げてみます。
「それで、人を振りかえってみるのですが、人は20億年前に、地球上に単細胞生物として現れた。それから14億5千万年たって、今から5億5千万年前に魚類になった。そうしてはじめて、自分の肉体全部を愛することができるようになった。それから4億5千万年たって、今から1億年前、哺乳類になった。そして、自分と自分のつれ合いと自分の子供を愛することができるようになった。それから、ごく最近になって人になった。そうして初めて、動物の全部を愛することができるようになった。こんなふうに向上して来た。」
岡はここで「向上」という言葉を使っていますが、これが「岡の進化論」というもので、ダーウィンの「自然淘汰説」にかわって、岡の持論である「情」が生物全体に広がっていく「情の拡大説」がその主題となっているのです。
西洋は何事でもそうですが、どうしても第1の心の「意志」の世界観が根底にありますので、例えばダーウィンばかりではなくドーキンスの「利己的遺伝子説」なども発想においてその傾向にありますが、岡の場合には逆に「情の世界」から同じ生物の進化を眺め直した訳ですので、ダーウィンとは全く趣の違った進化論が生まれたのだろうと思うのです。そして、これがダーウィンの生存競争的「進化」ではなく、生物の真の意味での「向上」を最もよく説明した理論ではないかと私には思えるのです。
Back
Next
|