「民族の危機」
【16】「悟り識」欠けば野獣 (月ロケットは低い知力)
昭和44年(1969)1月 - 2月
大阪新聞
さて、日本と云う舞台に目下上演中の大学生劇をよく見よう。せっかくこれだけ大きな犠牲を払って、どんな風に教育すれば、大学まで行けば、どのような結果になるかがわかったのであるから、私達はこの事実をじかに科学して、真の教育原理を学び取らねばならぬ。
これは非常に大切なことだからその前に欧米人に対する劣等感を一掃して置こう。汪兆銘の片腕で、その政府が瓦解()したとき日本に亡命して、それ以来ずっと日本にいる、胡蘭成()さんと云う中国人がいる。近頃「建国新書」(中日新聞東京本社発行)と云う本を書いた。そこでこう云っている。
人の知の領域には3つの層がある。顕在識、潜在識、悟り識がそれである。今日学校で教えているのは顕在識ばかりである。潜在識と云うのは、たとえば「とうもろこし」は台風を予知する。その日の午後には台風が襲ってくると云う日には、身を折り曲げて丈を低くし葉は皆巻いて待機の姿勢にある。こう云う不思議な知力が人にも色々ある。これが潜在識である。
悟り識と云うのは人の人たるゆえんの知力である。欧米人はこれが開けていない。たとえばソビエットのチェコに対する仕打ちを見るに、力の強い国が偉くて、偉い国は何をしてもよいと思っていること、かくしようもない。
これではまるで野獣の集団であって、人の人たるゆえんはどこにもない。月や金星へロケットを打ち込ませると仲々巧いのに、こう云うことになると自明なことがわからない。
これは人はどうあるべきかは悟り識が闇を照らしているからわかるのであって、ロケットはもっと低い知力である潜在識や顕在識で十分作れるのであって、これ等は質の違った知力であることを示しているのである。
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