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2013.06.15up

岡潔講演録(6)


「歌で読みとく日本歴史」
第2部 「神代(かみよ)の文化」
「昭和への遺書」岡潔著

【7】明治までの時代の流れ

 それから明治時代にはいって西洋から物質主義がはいっ て来て、文化の調子が全く下がってしまうのであるが、その前に大体武士道の所まで調子が下 がっていたのである。

 日本民族の中核の色どりは神代調であり、それを包む準 中核の色どりは武士道調である。この準中核の人達の数は非常に多いから、日本民族は無駄を したのではない。

 前に言ったように胡蘭成氏は支那人や日本人には悟り識 が開けているが西洋人には開けていないと言っている。この悟り識が神代の文化の特徴である が、これはどういう悟りであろう。胡蘭成氏はどうもこれだけが悟りだと思いこんでいるらし い。それで非常に的確に言い切っているのであるが、私には悟りのどの辺を指すのか余りはっ きりわからない。然し大体想像はつく。悟り識が開けるとは、外界が自分の心の現われである ことが(何となく)わかることであろう。

(※解説9)

 ここでは古代万葉の時代から今日にいたるまでの歴史の 流れを、私なりに一目で見てみたい。古代万葉の時代は「懐かしさと喜び」の世界である第 10識「真情の世界」であったと岡はいう。これが神代調である。

 そこへ大陸から外来文化である儒教仏教が入ってきた訳 だが、それら東洋思想が良質なのは第9識(知の世界)であり、程度が一段低いのは仏教では 「外道」といって第8識(意の世界)である。この第9識の特徴は智慧のある者は偉いから、 「偉 さ」をいう権威主義となり、第8識は超人的な意(力)の世界であるからオカルトや超能力の世界となるのである。シャーマニズムやアニミズムがこの第8識の 世界である。

 そして、日本が平安時代頃から次第に「直き赤き心」を 失い社会が崩れはじめ、戦国時代に戦乱の世となったのは、この2つの心の要素の弊害による と考えられるのである。例えば平安時代では安倍晴明(あべのせいめい)や役小角(えんのお づぬ)など「オカルト」の世界が流行し、戦国時代には中国の真似をして日本国の「権威」は 誰が握るのかを争って武将達の戦乱が起こったのである。これが岡のいう「武士道調」であ る。その状態が3人の英雄によって一応治められ、江戸時代になって芭蕉により再び「神代 調」が復活し、そして辛うじて明治維新を迎えることができたのである。

 日本の明治以後の熾烈な対外戦争は300年の鎖国をし たにも拘らず、西洋の世界進出に伴う科学技術と力の論理(第7識)による戦乱に日本が否応 なしに巻き込まれたのであって、同じ戦乱でも力の論理の戦乱と権威を求めての戦乱とでは、 その性格がいささか異なるのである。その違いを見極めることは重要なことだと私は思う。

 ともかく、これが私の日本歴史の略図であるが、今は世 界情勢から見て日本民族の神代調(第10識、真情の世界)への復帰が、世界平和のためには 何よりも待たれるのである。

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