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2013.06.15up

岡潔講演録(6)


「歌で読みとく日本歴史」
第2部 「神代(かみよ)の文化」
「昭和への遺書」岡潔著

【9】高知の宿

 私は今高知の宿でこれを書いている。桂浜へ行って坂本 龍馬の銅像を見た。龍馬は真我の人であった。解脱しきっている趣きは菟道稚郎子より一層よ くわかる。

 次の日、雨の日の寺田先生の御生家を見て、お会いした ことはないのだが非常に懐かしかった。また牧野植物園を見て、この人の御生涯から非常な感 銘を受けた。お二人共外界が御自分の心の現われであることが、もし誰かからそう聞けばすぐ わかる所まで行っておられたのである。私はそう思った。

 草を伸ばすはこれ天の道、草を除くはこれ人の道という 言葉がある。芭蕉は、

  春雨や蓬を伸ばす草のみち

 と詠んでいる。菟道稚郎子は春雨、仁徳天皇や「かま ど」の民は草である。坂本龍馬は春雨、維新の大業を成就した人達や、それをして貰った日本 国民は草である。これが真我の人の真面目である。芭蕉の句には、目の及ぶ限り万古の春雨が 降っているだろう。雄大、雄勁である。

 日本では、こういう人達は高天が原(道元禅師に言わせ ると、解脱した人の死の位)から、何かをする為に生れて来て、するだけのことをし終るとま たさっさと高天が原に帰るのである。私はそう思う。稚皇子は世に範を示すために生まれて来 られたのだと思う。龍馬は日本の滅亡を救うためである。死ぬと殺されるとが別だと思うのは 小我である。これが日本民族の構成である。

(※解説11)

 ここには高知を代表する3人の偉人のことが書かれてい る。1人は桂浜に銅像がある坂本龍馬、1人は「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な地球 物理学者である寺田寅彦、3人目は日本を代表する植物学者である牧野富太郎である。

 龍馬については岡先生は、ご著書の至るところで言及さ れているので省くとして、寺田先生については明治から今日までの日本の科学者の中では最も 優れた人であるといっている。無論、ノーベル賞をもらったかどうかは評価の基準にはならな い。寺田先生の代表作である「薮子集(やぶこうじしゅう)」を読んでもわかることだが、震 えるような感受性によ る緻密で至れり尽せりの心がその文章には現れており、岡先生のいう「情の認識力」において は、科学者としては最高の人だといっている。漱石の弟子で、科学者でありながら俳句や絵を たしなんだことも、大きくそれに影響していることだろう。そして、岡の随想は最も多く寅彦 の随想に影響を受けていると私は思う。

 牧野博士について言及しているのは、岡先生の資料の中 でも多分ここだけだが、博士が植物の標本に頬ずりしている写真などを見ると、先にいった 「植物の喜び」が非常によくわかった人だと思う。西洋の植物学に従って植物を分類しただけ の人ではなく、その本質は植物に生涯「恋」をした人である。真の学問には必ずこういう情熱 が必要なのであろう。

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