okakiyoshi-800i.jpeg
2015.11.18up

岡潔講演録(17)


「1969年の質疑応答」

【3】 皇室と国旗

(質問) 先程からいろいろ岡先生のお話を承りまして、民族精神の昂揚というために、ここにお集まりになってる青年の方にはちょっと私と考えが違うと思うんですけど、岡先生の先程からのお話の中にはございませんでしたが、民族精神を昂揚するために「皇室と国旗」について、先生のお考えを承りたいと思います。

(岡) あのう、皇室がわかるためには、皇室というのは情操に 入るんです。で、民族的情操というものがもっとよくわかって来なければ、わかりません。国旗の方はわかりやすい。

 あれは民族が生きていくためには、団結して国を作らなきゃあならん。その団結のシンボルが国旗です。こんなものを焼くのは無茶です。今、団結して国を作ることによって 生きて行こうとしていない世界の民族はないといって良い、日本だけです。これは人類は口では「かれこれ」いいますが、実際は野蛮であって、そうしなきゃあ民族は生き延びられない。それで非常に団結しようとしています。そのシンボルが日本なら国旗なんです。

 ところが実情は、何しろ愛国って終戦後いわない。松山市のある小学校が2月11日に日の丸を出した。そうすると松山市の警察が、そんな思い切ったことをされては何時大騒動になるかわからないといって、ハラハラしてたというお話がある。それが日本の団結の現状です、お話にならない。すこーし見回してみたらいい日本以外で愛国をいってい ない国は1つもありません日本はそんなんです。

 いやあ、社会党、共産党が反対する。彼等は日本の国を壊そうとしてるんだから、反対するの当り前です。人類は未だ野蛮なんです、口でいうだけで実行できん。だからどの民族だって、強固な国という団結を作ることによって生き延びようとしています。日本もそうすべきです。全く終戦後の日本だけですよ全然、国の団結ということをいわなかったのは。今だって愛国といわないこと、この通り。

(※解説3)

 岡はここで「皇室は民族的情操に入る」といっていて、「情の世界」に日本の天皇制の本質を見い出そうとしているように見えるのだが、この時点ではまだその辺が岡にもよく説明できないようである。

 というのも、この3年後の1972年に岡は、日本人は第10識「真情の世界」に住んでいることを発見するのだが、その「真情の世界」とはいわば無私の情の世界であるから、この世界は純粋に「人の喜びを喜び、人の悲しみを悲しむ」世界なのである。

 従って日本の天皇制に当てはめていえば、天皇は国民の喜びを喜び、悲しみを悲しむ。国民の方からいえば、国民は天皇の喜びを喜び、悲しみを悲しむと、こうなるのである。下手な偏見をとって見れば、日本の天皇制はまさにこうなっているのではないだろうか。

 世界にはいろいろな君主制があるのだが、一口に君主制といってもその内容には相当な開きがあるのであって、第10識「真情の世界」の君主制でなければ、本当にうまく機能する筈はないのである。それを計らずも実現しているのが唯一日本の天皇制なのである。

 猶、世界の君主制であるが、東洋の君主制は第8識の「畏れ」や第9識の「権威主義(偉さ)」によって、その地位を維持しようとするものであり、西洋の君主制は第7識の「力の思想」つまり「権力主義」であるから、どうしても「泣く子も黙る専制君主」となりがちなのである。

 日本人の中でも天皇制に反対する人々は、それらの不純物が入ってきてから後の天皇制を、日本本来の天皇制だと思い違いしているのではないだろうか。

Back    Next


岡潔講演録(17)1969年の質疑応答 topへ


岡潔講演録 topへ