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2015.2.14up

岡潔講演録(17)


「1969年の質疑応答」

【24】 岡のカミナリ

(岡) もう、その辺でやめなさい君のいってることはことごとく意識を通していってるその前に、意識を通さないでいうとわかるということがなければ

(質問) あのう、どうも先生、失礼しました。

(岡) 君は馬鹿です、完全な泥吐きして白紙に帰りなさい真新しい心、真新しい知情意を持って、君が無自主的、無批判的に詰めこんだ欧米の観念を洗いなさい何だこの、自由だの権利だのと

(質問) 私は先生に罵倒された

(岡) 罵倒じゃない

(質問) しかし、私としての21年間の生きて来た人間としての、その人生の中で・・・

(岡) あなたはいや、そんな石地蔵はそのまま死ぬだけだ。穴開けて、もっとよく見るんだな。

(※解説24)

 岡は人との対話中であろうと講演中であろうと、大概必ず「カミナリ」が落ちる。どのような「カミナリ」が落ちるのか。その1つの例がこれである。

 この質問者は当時の左翼系学生で、大学改革をもっともらしい言葉を並びたてて発言したのだが、岡の我慢もこの辺が限界だったようである。

 「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるが、岡の「カミナリ」は相手が憎くてのことではない。その考えの軽薄さや傲慢さに対してのことなのである。

 だから一見興奮しているかのように見えて、実は「人は人という名の自分」という立場からの「カミナリ」なのであって、いつの場合にもその内容は思いのほか理路整然としているのである。

 因みに何度もいうが、その岡の「カミナリ」の意味するところは、人類の自滅を止める可能性のある日本人に「その責任感を持ってくれ」という岡の声を枯らしての絶叫なのである。

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