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2016.04.09up

岡潔講演録(18)


「創造の視座」

【10】 天と地

 で、そんなふうに東洋の仏教の高僧、大先達は、特別な智力によって宇宙の真相をいろいろ述べている。それが大体いえば、さっきいったとおり自然は空で、第2の心だけがあるのです。第2の心は常に存在するといわれています。それがほんとうの人だというのだから、人は不死だといっているわけです。

 時間、空間という枠の外はいくら述べられても十分にはわからない。しかし、時間、空間の枠の内というのは、調べれば調べるほど形に残る。時間、空間の枠の内を西洋がどれくらい調べてくれてあるか、自然科学はガリレオからかぞえて500年近く時間、空間の枠の内を調べている。どこまでわかっているだろうか、この時間、空間の枠の内というのは、地のようなものである。

 形を刻もうと思えば地にしか刻めない。時間、空間のの枠の外は、天のようなものである。しかし、天がなければ息することもできない。かように東洋は天、西洋は地と、こう分かれているわけですが、自然科学という地の彫刻がどこまで進んでいるか、それを一度見てみましょう。

(※解説10)

 我々が西洋の学問に頭が上がらない理由は、この「形を刻もうと思えば地にしか刻めない」というところではないだろうか。

 西洋の学問は大脳前頭葉を使うから非常に複雑で精密で、何よりも「実証的」であるのだが、それは目に見える「地」のみを調べるからであって、目には見えない「天」、つまり「こころの世界」があることを全く知らないからである。

 目には見えない「こころの世界」では「実証」は必要ないのであって、ただ「直観」だけが物をいうのである。

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