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2016.06.22up

岡潔講演録(18)


「創造の視座」

【33】 第2段の目覚め方

 セルパ族というものは、その当時チベット高原を日本民族が南に下りたときネパールに置き残された民族で、日本民族の一部分だと思われます。非常に日本民族と似ていて、日本人よりももっと日本人らしい顔をしているということです。非常に勤勉であって、平和な農耕生活をしている。ネパールの住民は大体東洋人です。

 しかし、ネパールを今支配しているゴルパ族というのは西洋人です。その政治のためにセルパ族は非常な貧窮のどん底にあるということです。しかし、最も悲惨なのは、貧困さにあるのではなく、コレラとかライ病とか結核とかに悩まされ続けていることです。

 日本人のお医者さんで岩村さんというのが、もうだいぶん長くネパールにいてこのセルパ族の患者の世話をしている。その岩村さんのライ病患者の世話の仕方ですが、ライ病は患者のうみが手につけばうつる。

 しかし、岩村さんは、膿なんかいくら手についても平気でライ病患者の世話をしている。そしてライ病は伝染しても、発病まで20年潜伏期がある。よし発病しても、自分は医者であって、手当の仕方を知っているから死なない。だから、やはりライ病患者の世話はできる。だから構わないといっているということです。

 また、あなたはネパールに長くおられるようですが、なぜですか。今後どうなさいますかと、そういう質問に対しては、自分はネパールの景色が好きだからネパールに骨を埋めるのだ。そういって、それだけしかいわない。そういうことです。

 まあ目覚めれば、ひとが喜んでおれば自分がうれしい。それでライ病患者を親切に世話してやると、世話されたほうはほんとうに喜ぶでしょう。それを見ると自分がほんとうにうれしくて、幸福で膿なんか手につこうがどうしょうが、気にせんのでしょう。

 手にうみがつかないかなどと思って世話すると、よそよそしい世話になってしまい、相手はあまり喜ばない。それで患者が喜ぶのがうれしくて、膿なんか手につくかどうかなどということを気にしておられないのでしょう。

(※解説33)

 第2段の「度生心」に目覚めた人の例としては、ネパールで18年間医療活動をつづけた岩村昇医師を岡はあげている。私も当時、岩村医師のことは耳にしていたし、岡にいわれなくとも多大な関心をもっていた。

 大体岡は、日本民族の発生は30万年前のチベット高原だとの直観を以前からもっているのだが、そのことがより鮮明となってくるのが、このネパールのセルパ族の話や岩村医師のことからなのである。

 というのもこの時期、家が近くで「春風夏雨」の1章「絵画」にも出てくる友人で画家の河上一也さんがネパールへ旅行し、その旅行談を岡にくわしく話したのがきっかけである。

 猶、岡は岩村医師の行いを評して、晩年未刊の書「流露」の中でこういっている。「迷いであろうとなかろうと、そんなことは問題にしないで、即刻真直ぐに進むべきである」と。こういう人を「天つ神」と岡はいいたいのだろうか。

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