「昭和46年度京都産業大学講義禄第16回」
【13】 寺田寅彦の「からすうりの花と蛾」
大宇宙は一つの心なん。情だと云ってもよろしい。その情の二つの元素は、懐かしさと喜びなんです。春の野を見てごらんなさい。花が咲いて蝶が舞ってるでしょう。どうして蝶が花のあることがわかって、そこへ来て舞うんでしょうか。これ、蝶の場合にはそんなに不思議と思わないでしょうが、寺田先生に「からすうりの花と蛾」という随想があります。からすうりの花は夕方になってパッと咲く。そうすると、どこからともしらずに蛾が飛んで来てからすうりの花にたかる。一体蛾にどうしてからすうりの花が咲いたことがわかるのだろう。こう云って不思議がってる。
これは不思議がるのが当然。これは心に心がわかる。情に情がわかる。情の世界には大小遠近彼此の別がない。だからどんなに離れたところでも、つまり遠隔作用なんかなんでもない。どんなに離れててもわかる。これを心に働く妙観察智だと云うんですね。
わたしに揮毫してくれと云った人が最近あった。どういうことを書くかつて云うと、先生の本に「花の心に蝶は舞い、蝶の心に花は笑む」というのがある、あれを書いてくれって云う。それで書いたんですが、春の野を一口に云えば、花の心に蝶は舞い、蝶の心に花は笑む、こうなる。
これは大宇宙には情というものがあるということです。情のあるところ、妙観察智が働くんですね。
もう一つ、その人は、今日の先生のお話、非常に嬉しかった。そのお言葉の中に「人生は長夜の夢である」、これは仏教が云ってるんですが、こういう言葉がある、それを書いてくれって云ってました。それでその人は「花の心に蝶は舞い、蝶の心に花は笑む」というのと「人生は長夜の夢である」というのとを持って行ったわけですが。
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