(※解説5)
西洋のソール(魂)とは「情」のことである。西洋人は悪魔に魂を取られはしないかと思ってびくびくしている。岡はこういっているのだが、このことはゲーテの「ファウスト」の中に出てくる。ファウスト博士と悪魔のメフィストフェレスが取引をして、万一の時にはファウストの魂を奪うという約束を交わすのである。
西洋人は「ドライ」だとよくいわれる。「イエス、ノー」がはっきりしているからである。「情」には「人は赤の他人とは思えない」という直観が働くのである。だから「ノー」であっても「ノー」といえないのが「情」である。だからこれも「西洋の個人主義は情を自分とは思っていない」という1つの証拠になるのではないか。
猶、小さいことだが岡は「西洋は意欲も情に入れています」といっている。これは以前に私も触れた大脳生理学の「情動」という言葉から、岡も連想しているのではないかと推測する。講演録(17)「1969年の質疑応答」の(26)「本居宣長のあはれ」を参照。
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