「岡潔先生と語る 」(2)- 西洋文明の限界 -
【17】 第二の心は社会に受け入れられるか
(男性)今の世の中をみておりますと、物質主義とか物質科学とかが発達しておりまして、そして先程のお話のように生存競争の時代ですね。それで将来は社会主義とか共産主義とか云っておりますけれども、それも結局は働く人達の力によって今まで抑えてきた人達をやっつけるという意味で、生存競争が形を変えただけだと思うんです。それに対して先生のお考えですけれども、第二の心をわかるようにして、それでわかった人を今度は子供の教育にあてて、そこから世の中を変えていくと、そういうようなお考えでしょうか。
(岡)ええ。
(男性)私達のまわりにはいろんな社会運動をしている方がおりますが、この葦牙会とか、その他こういった会の効果は今すぐには現われないと思うんです。先生のおっしゃっておられることがなかなか世の中の人に受け入れられないということは、第二の心がわかってない人がほとんどだと云うことですね。だから長い目と云うか、何百年というオーダーで考えていかないと、先生のおっしゃっている理想的な国というものは出来ないと思うんです。そういう国にする為にいろんな所でお話されていると思うんですけれども、それを聞いて僕達が教育とかその他の方面で実践していく場合、現実の生活というのは矢張り物質の世界ですね、自己の利益を追求していく世界ですね。そういう世の中で活動していかなければならない。人は心でも動かされますが、大勢としては利益のようなもので動くと思うんです。そういったところの矛盾がすごくあると思うんですけれども、その辺のところはどういうふうにお考えでしょうか。
(岡)戦後特に間違った傾向が顕著なんですね。それを少し戻してほしいと思いますね。まだ二十五年位にしかならんのだから、こんなに極端に自己中心というのは改めるのは出来ない相談じゃありませんね。ほんの少し気づいてもらえばよいんだから。終戦後ですよ、ひどくなったのは。
明治以後日本は西洋の思想を取り入れて個人を自分だと思ってたには違いないんだけど、滅私奉公っていうふうな標語が自己中心になることを余程防げてた訳ですね。そういう働きをしてた。それを戦後取ってしまったもんだから、急に自己中心となった。つまり第一の心が堰を破ったように暴れ出したんですね。これをも少し治めなきゃいけませんね。何も軍部が無くなったって、あるいはああいう間違った使い方で使わなくたって、滅私奉公ということは云えるんです。それをもっと良いこととして残さなきゃいけないんだけど、それ全部いけないこととして取ってしまったんですね。
で、まだわずか二十数年なんです。二十数年の間に驚くべく悪くなった!それは大学生みれば一番よくわかりますが。知情意とも非常に働きが悪くて、積神簿弱という感じがします。総て第二の心が働かなくなると、こんなふうになってしまわざるを得ないんですね。第二の心が、意識はされないんだけれど働いているから、第一の心の働きもあるんです。
(男性)現在の社会におきまして、社会主義とか共産主義によって世の中をもっと良くしていこうという動きがありますね。そういう動きは、今の人達に公平な利益の分配をするということで力を持っている訳ですね。そういう点から考えますと、先生の云われる第二の心をわかるような人間にするということ、そういうお話を理解する人は少ないし、またそういうことを云っても社会を変えていくのは難しいように思うんです。利によって動く人が大半ですから社会主義とか共産主義ははびこると思いますけれども、それに反して将来にわたって長い時間をかけて変えていかなければならないような運動はなかなか理解されないと思いますけれども、矢張り岡先生はいろんな所でお話をするしか方法が無いとお考えですか。
(岡)このままでは日本は滅びるほかないから、速やかに欧米の間違いを知らなきゃいけない。民主主義も共産主義も共に個人主義ですね。共に間違ってる。間違いは間違いと知るほかない。気付かなかったら滅びますよ。事態は徐々に悪くなったのではなく、急速に悪くなってる。目下危殆(きたい)に瀕している。それが現状です。もし云ってもわかってくれなかったら、滅びてしもうでしょう。その現状を認識する人が少ないんですね。呑気に考えてるけれども、まことに危ないところまで来てるんです。大学生の作文読んでますと、日本の将来というものは無いという気がしますね。
(司会)他に何か質問ございませんか。非常に難しいけれども、これしか方法が無い、と云うお話ですけれども。
(岡)終戦後日本は非常な毒物を食べたんです。そして死にかかってる。吐き出さすより他に方法は無いんです。
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