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2013.7.27up

岡潔講演録(7)


「岡の大脳生理」

【13】創造の視座

エグゼクティブ.ソサイエティ 1970年7月

 大脳生理学は大脳を5つの部分に分かっている。そして、これは西洋人が主として調べたのですが、大脳前頭葉を中心に調べられて、前頭葉は理性し、感情、意欲する。前頭葉が命令する。そうすると側頭葉が機械的な働きをして、これを助ける。また前頭葉が命令する。そうすると運動領がその命令を伝え、全身が意志的な運動をする、側頭葉が機械的な働きをもって前頭葉を助ける。運動領は意志的な運動をもって前頭葉を助ける。こんなふうに前頭葉中心に大脳生理学は述べられている。

 で、頭頂葉と後頭葉の2つはあまり書かれていない。時実先生の「脳の話」には、頭頂葉や後頭葉の働きには何ら触れておられません。しかし時実先生の講演録を読んでみますと、頭頂葉は前頭葉の受け入れ態勢のよって来たるところ、また、後頭葉は資料室だ、そんなふうに書かれている。ところで頭頂葉については、幸い弁栄上人が、前頭葉は理性の座、頭頂葉は霊性の座、そう言っていられる。

 また、中国に黄老(こうろう)の道というものがある。この黄老の道の本に黄庭経(こうていきょう)という本がある。

 この黄庭経に頭頂葉は泥洹宮(ないおんきゅう)のあるところだと書いてある。泥洹というのは有無を離れたところという意味です。それで第2の心の中心は頭頂葉にあるのだということがわかる。で、頭頂葉まではよくわかる。

 ところで、わからんのは、後頭葉です。後頭葉は大脳生理学はただ資料室だとだけ教えている。また視覚中枢がここにあるということだけ教えている。それ以上何もわからない。ところで西洋人は大体前頭葉中心らしい。ところが東洋人はどうも後頭葉に住んでいるように見える。で、後頭葉をよく知りたいと思う。ところで、私、これに対しては発生的に見ようとしたのです。

 私の4番目の孫は生まれたときから私と一緒の家にいる。だから連続的に観察することができて、赤ん坊の生い立ちというものが初めて私によくわかりはじめてきた。その発育ですが、頭の発育は上から下に及ぶものらしい。最初頭頂葉が発育する。それがだんだん下に下がっていく。

 ちょうどその孫が、生まれて5ヵ月ぐらいのときですが、発育は前方でいえば、運動領(運動領といったら頭頂葉と前頭葉との間にあるんですが)に及んだらしい。その証拠に孫は足を動かすことに異常な興味を示しはじめた。

 それでうしろのほうも同じ水準まで発育が及んでいるだろう。そうすれば後頭葉の発育も始まるころ、だから何か変わった現象が今に出てくるだろう、そう思って私は手ぐすねひいて待っていた。そうすると孫は目にものを言わせることができるようになった。それで私はいっぺんにわかった。

 この第2の心の内容は、頭頂葉にあるときは大円鏡智の形である。これは動かせない。しかし心が流れて後頭葉に下りますと、ここは資料室といわれているくらい、ここには妙観察智が働いている。それで心の一滴一滴がその内容を無色の色にあらわす。で、無色の色のついた心の滴々の全体というような心になる。これが妙観察智態ですね。

 私はこれを情緒と言って来た。情緒というのは、心の滴々がその内容を無色の色にあらわした心という意味です。これは後頭葉にあるわけで、こうなるとどんな細かいところを通ってどこへでも送ることができる。それで視覚中枢は、この無色の色のついた心をまるで漏斗が水滴を集めるようなふうに集めてひとみへ送っている。それで孫は目でものを言うことができるようになった。

 この目を心眼というのですね。で、私も心眼で見るから、その孫の心を読みとることができる。かように心眼によって心をあらわすこともできる。また、あらわされた心を読みとることもできる。で、中国人は「君看(み)ずや双眸(そうぼう)のいろ、語らざれば憂いなきに似たり」こういう詩を読んでいるんですね。

 この心眼によって見るから、日本人は春夏秋冬、晴曇雨風、千変万化の趣の変化のある自然を見ることが出来るんです。こいうものを見ることができるのはこれは肉眼で見ているのでなく、心眼で見ているのですね。また、この心眼で見るから俳句とか、短歌とか、そういう短詩形によってよまれた、それをよんだ人の心をよく読みとることができる。だから、日本では短歌とか俳句で十分なんですね。きわめて短詩形です。

 フランスにボードレールという詩人がいる。ある人が、先生は短詩形がお好きだということですが、どれくらいの長さが適当ですかとこうたずねた。そうするとボードレールは、100句ぐらいと言った。で、西洋人には心眼が働いていないのですね。

 一番はっきりわかるのは、後頭葉で情緒の形に変えたものを視覚中枢で集めてひとみに送っているということですが、そのほか情緒の形に変えれば、どこへでも送れる。それで、からだ全体へ送っている。その最もおもな輸送の経路は、情緒の中心へ情緒を集めて、これを交感神経系、副交感神経系でからだ全体へ送っているらしい。こいうことがわかってきた。

(※解説17)

 岡の晩年の大脳生理の探求の旅も、この辺で佳境に入ってくる。

 冒頭にあるように、当時の大脳生理では前頭葉と側頭葉まではある程度わかるものの、大脳新皮質のうしろ半分の頭頂葉と後頭葉は、少しのヒントがあるだけで全くわかっていないのだと岡はいっている。その後岡は山崎弁栄の光明主義などの東洋思想や自らの数学の発見のメカニズムなどからヒントを得て、「第2の心」の座である頭頂葉までは何とかわかってくるのですが、身近な日本人などの観察から「東洋人(実は日本人)はどうも後頭葉に住んでいるように見える」と書いてあるように、岡の関心が次第に後頭葉へ移りはじめたのがこの時期です。

 その辺で問題になるのが耳慣れない「黄庭」とか「泥洹」という言葉でして、この2、3年前に岡は胡蘭成と知り合い、その間に随分と本場東洋思想の心髄を教えられていたのですが、この2つの言葉はその中でも特に代表的なものです。

 ただ、岡もここで「泥洹宮」について、岡によくあるちょっとした思い違い(ケアレスミス)をしているように思われますし、それを確かめるために胡蘭成自身の文章を次に掲げてみます。

 「岡先生のいう頭頂葉は私は長い間ピンとこなかった。私は頭頂葉を説くより丹田の方が修行の為になると言ったので、岡先生の怒りを買ったのはごもっともだ。而し今年の早春の或る日、私は忽然として判った。元来黄老の古典「黄庭経」にいうた黄庭や仏教の阿弥陀経にいうた泥洹とは即ち是れ大脳頭頂葉のことであり、頭頂葉でこそ悟り識が開ける。丹田は潜在意識しか働かない。」(岡潔集第5巻しおり)

 そういうことで、「黄庭経に頭頂葉は泥洹宮のあるところだと書いてある」と岡がいっているのは間違いで、どうも「泥洹」とは仏教の阿弥陀経から来ているようです。

 それはともかく胡蘭成でさえ、初めは岡の頭頂葉説はピンとこなかったらしく、逆に今でも巷でよくいわれている「丹田」に注目していたのですが、それが間違いであるとの岡の怒りを買ったのがきっかけで、岡の頭頂葉説がある日忽然としてわかったということです。

 そうすると蛇足になりますが、胡蘭成の説を整理しますと、頭頂葉は第9識の「悟り識」の在処であり、巷でよくいわれる「丹田」は一段低い第8識「潜在識」の在処であるということになるのです。私の考えでも第8識は「自己抑制の意志」の世界ですから、「丹田は修行のためになる」と胡蘭成がいったのもうなづけるのではないでしょうか。

(※解説18)

 次に問題になるのが「情緒」です。これは岡の晩年の一貫したテーマでして、岡潔著「日本のこころ」の中の「情緒」の章に詳しく説明があります。しかし、それは主に文学や芸術の方面からの説明であって、ここに出てくるように「情緒」というものを大脳生理の方面から理学的に説いたものではなかったのです。

 それから7年の歳月を経て、ここで岡は「情緒というのは、心の滴々がその内容を無色の色にあらわした心という意味で、これは後頭葉にある」と言っていて、今の脳科学ではとても想像もつかない情緒」というものの在処が後頭葉にあることを、ここで初めて明言しているのです。

 しかも、そのきっかけがお孫さんを発生的に見て、そのお孫さんの足の運動の観察から後頭葉のメカニズムがわかってきたというのですから、その眼のつけどころ、独創性には眼を見張るものがあります。これが後頭葉の情緒説の決め手となる訳です。

 そこから更に「心眼」というもののメカニズムもわかってくるのですが、「眼でものを言う」という微妙極まりない生命現象を、このように理学的に説明したものが外にあるでしょうか。我々の日常のさりげない表情やコミニュケーションばかりではなく、西洋と東洋の自然を見る眼の違いもこんなところにあったとは驚きです。

 更にまた、日本独特の和歌や俳句の存在理由も、これではっきりしてきた訳です。西洋は前頭葉の世界に住んでいるから、ポエムの世界といえどもボードレールがいうように、どうしても「説明的」になってしまうのです。

 ところが、我々日本人は本来後頭葉の世界に住んでいるから、心眼で見たものを「側頭葉の標語、もしくは単一メロディー」(岡の言葉)にして、できるだけシンプルに表現したいのです。それが和歌や俳句です。

 このように、肉眼と心眼の違いばかりではなく、心の構造や大脳生理までもが、西洋と日本とでは全く違っていることを我々は心に止めていかなければならないのです。

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