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 2012.10.21 up

岡潔講演録(1)


【3】 情の世界地図

 日本人は誰でも、情が自分だといえば成程そうだと分りますね。そうすると、情が自分だという自覚がなかったら、どんなにものがうまく運ばないのかということの方を知れば良いでしょうが、ともかく情が自分だということは、日本人ならいわれたら直ぐ分る。

 だが、本当の自分とは情であると、はっきり思った日本人は一人もいないらしい。何故かといったら、そんなこと誰も書いてない。誠に不思議なことだけど、情が自分だといった人はありません。日本人にないんだから、世界にそんな人はありません。そういう人類は一人もいないということになる。

 東洋は情を自分だとは思わないらしい。心は情、知、意の順に働きますが、その情、知、意と連ねた心というものを自分だと思っているらしい。これは日本人である私には想像のつかないことです。どうすればそんなことが思えるのか分らないが、そう思っているに違いない。

 その証拠には、中国では知が基だといいますが、仏教も知が基だといっている。それだったら心が自分だと思っているんでしょう。そうでなければ、そんなこといえる訳がない。

 西洋人に至っては、情の中で大脳前頭葉で分る部分、これが感情ですね。これは極く浅い情です。もっと深い情を西洋ではどういっているかというと、ソール(魂)といっている。これが情です。

 西洋人は悪魔に魂を取られはしないかと思って、びくびくしている。そうすると情というものは大切なものではあるが、自分ではないと思っているんですね。

 東洋人はまだしも、心を自分だと思っているから、その中には情も含まれますが、西洋人に至っては情を自分だと思っていないらしい。その魂という程の深みの情、これも今の日本人には分りにくいでしょう。

 感情などというのは極く浅いじょう。もっと深い情とは一口にいって、どんな風なものか。これは一例をあげれば良い。日本人は情というものを無意識的によく知っている。それで一例をあげれば足りるんです。

 明治になってからの話ですが、お母さんと子供が住んでいた。子供が13歳になった。そして禅の修行をしたいといい出した。それで修行の為に家を出ることになって、いよいよ別れるという時になって、お母さんはこういった。

 お前の修行がうまくいって、人がちやほやしている間は、お前は私のことを忘れていても良い。しかし、お前の修行がうまくいかなくなって、人に後指を指されるようになったら、私を思い出して、私の所へ帰って来ておくれ。そういった。

 それから30年程たった。子供は修行がうまくいって、偉い禅師になった。松島の碧厳寺という大きなお寺の住職をしていた。その時、郷里から使いが来て、お母さんは年をとって、この頃では寝たきりである。お母さんは何ともいわないが、私達がお母さんの心を推し量ってお知らせに来た。そういった。

 それで禅師はとるものもとりあえず家に帰って、寝ているお母さんの枕辺に座った。そうするとお母さんは子供の顔を見てこういった。

 この30年、私はお前に一度も便りをしなかったが、しかし、お前のことを思わなかった日は一日もなかったのだよ。

 私はこの話を最初、杉田お上人から聞いた。その時、涙が流れて止まらなかった。これが情の本体です。

(※ 解説6)

 このページには西洋、東洋、日本の心の構造という、人類に普遍的な心理学が語られています。我々はまさか、この3つの地域の心の構造が岡のいうように全く違っていたとは、夢にも思わなかったでしょう。それのみか我々は明治以後、西洋文明を吸収することに汲々としてきましたので、心の世界では西洋よりも東洋が高い、東洋よりも日本が高いといわれると、価値観が逆転してしまい相当な違和感を覚えるのではないでしょうか。

 人類は今日まで、この複雑な心の世界を理学的に見ることが仲々できなかったのですが、20世紀も後半になり数学者によって初めてそれが達成されたのです。これは大脳前頭葉を使う西洋文明の力に依るところが大きいと思いますが、岡潔によって初めて根本的な東洋と西洋の文化の融合と、日本の心の特異性が証明された訳です。

(※ 解説7)

 「西洋人は悪魔に魂を…」のところはゲーテのファウストの中に出てくるようです。このソール(魂)ですが、アメリカで黒人がうたう歌を「ソール・ミュージック」といいますが、まさしく黒人奴隷の喜びや、特に悲しみをうたいあげた歌という意味で「情の歌」ということになるのでしょう。

(※ 解説8)

 ある禅師の母のお話が出てきました。これは何度も話の中に出てきますから、先生も相当な感銘を受けたのだと思います。こういう厳しさが昔の母親にはありました。これは心の底に暖かい「情」あるが故にできることを忘れてはなりません。こういう母親でなければ本当の大人物は育たないのかも知れませんね。「情」は強さとやさしさを兼ね備えたものなんですね。日本人がいざという時に、思いもよらぬ強さを発揮するのも、こういうメカニズムがあるからなのでしょう。

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