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2013.10.05up

岡潔講演録(8)


「自然科学は間違っている」(2)

【4】 数学と感情

「新潮」 昭和40年(1965)10月

 われわれの自然科学ですが、人は、素朴な心に自然はほんとうにあると思っていますが、ほんとうは自然があるかどうかはわからない。自然があるということを証明するのは、現在理性の世界といわれている範疇(はんちゅう)ではできないのです。

 自然があるということだけでなく、数というものがあるということを、知性の世界だけでは証明できないのです。数学は知性の世界だけに存在しうると考えてきたのですが、そうでないということが、ごく近ごろわかったのですけれども、そういう意味にみながとっているかどうか。

 数学は知性の世界だけに存在しえないということが、4千年以上も数学をしてきて、人ははじめてわかったのです。数学は知性の世界だけに存在しうるものではない、何を入れなければ成り立たぬかというと、感情を入れなければ成り立たぬ。ところが感情を入れたら、学問の独立はありえませんから、少くとも数学だけは成立するといえたらと思いますが、それも言えないのです。

 最近、感情的にはどうしても矛盾するとしか思えない2つの命題をともに仮定しても、それが矛盾しないという証明が出たのです。だからそういう実例をもったわけなんですね。それはどういうことかというと、数学の体系に矛盾がないというためには、まず知的に矛盾がないということを証明し、しかしそれだけでは足りない、銘々の数学者がみなその結果に満足できるという感情的な同意を表示しなければ、数学だとはいえないということがはじめてわかったのです。

 じっさい考えてみれば、矛盾がないというのは感情の満足ですね。人には知情意と感覚がありますけれども、感覚はしばらく省いておいて、心が納得するためには、情が承知しなければなりませんね。だから、その意味で、知とか意とかがどう主張したって、その主張に折れたって、情が同調しなかったら、人はほんとうにそうだとは思えませんね。そういう意味で私は情が中心だといったのです。

 そのことは、数学のような知性の最も端的なものについてだっていえることで、矛盾がないというのは、矛盾がないと感ずることですね。感情なのです。そしてその感情に満足をあたえるためには、知性がどんなにこの2つの仮定には矛盾がないのだと説いて聞かしたって無力なんです。矛盾がないかもしれないけれども、そんな数学は、自分はやる気になれないとしか思わない。そういうことは、はじめからわかっているはずのことなんですが、その実例が出てはじめて、わかった。

 矛盾がないということを説得するためには感情が納得してくれなければだめなんで、知性が説得しても無力なんです。ところがいまの数学でできることは知性を説得することだけなんです。説得しましても、その数学が成立するためには、感情の満足がそれと別個にいるのです。人というものはまったくわからぬ存在だと思いますが、ともかく知性や意志は、感情を説得する力がない。ところが、人間というものは感情が納得しなければ、ほんとうには納得しないという存在らしいのです。

(※解説5)

 岡は「ほんとうに自然があるかどうかはわからない」といっていますが、こんなところまで立ち入って考えた科学者は少ないでしょう。

 これについては後々、更に詳しい岡の説明があると思いますが、東洋思想の核心はおおむね、目に見える物質的自然は「幻」であって、「実在」するのは目に見えない「心」であり、「心」が時間空間という大脳前頭葉のスクリーンに投影されたものが「物質的自然」であるというのでして、西洋の物質主義から出発する自然科学とは真向から対立するのです。

 しかし、その西洋の自然科学でさえも、今や物質から全てを説明すること自体もはや限界にきていて、全く新しい世界観が求められているのです。これが西洋の東洋思想に目を向ける理由でしょう。

 そこでやはり岡が主張するように、今や目には見えない「心の構造」や4種類の「直感」から、人や自然を説明する以外に方法がないところまで来ていると、私の目には映るのです。

(※解説6)

 自然科学は不生不滅の「物質」を根拠にして説明する学問ですが、それに応用されている数学は物質の背後にある法則(知の世界)を探るためのものですから、これはどちらかというと「心の世界」の学問といえそうです。

 しかし、岡はその数学の世界といえども心の要素でいうと「知の限界」があると主張するのでして、実はその数学の「知的体系」を根底から支えているのが「情の世界」であることが次第にわかってきたことを根拠として、ここでは数学の現状とその限界を説明しているのです。

 このことが後々、人の心の根底は第10識「真情の世界」であるという、20世紀最大の心の発見のきっかけとなっていくのです。

 なお最晩年、岡はその辺をもっと正確に規定して「数学は仏教と同じく第9識の世界の学問」であるという結論に達していますし、一方の自然科学の方はというと当然、第7識「物質の世界の学問」であるということになるのです。

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